「わたしのマンスリー日記」 第29回 人生の“聖火ランナー”

 私がこのメールを見たのは、翌19日早朝のことでした。一読して何と素晴らしい文章を書く先生だろうと感嘆しました。「テレビでどこかの国の聖火ランナーの映像が流れた時に、観に来ていた沿道の子供たちが感化されて、一緒に走り出すという心温まる瞬間を見たことがあります」という文章は一見簡単そうに見えますが、そうでありません。読者の瞼にあたかも実像を見ているかのように映ります。これは適切な着眼点、豊かな感受性、高い表現力がないとこんな文章は書けません。
 「谷川さんもふと、立ち止まりそうになった時はほんの少しだけ後ろを振り返ってみてください! 谷川さんは決して1人ではなく、たくさんの方達が一緒に伴走しています!」という文章を目にした時は抑え切れない涙で身が震えました。私の苦しみ・悲しみを知り抜いた上で背中を押してくれた一言でした。
 その日は午後2時半に訪問される予定になっていました。それまでに感謝のきもちをつたえようと、予定されていたリハビリをキャンセルしてパソコンに向かいました。

三浦先生
返信ありがとうございます。またまた涙が止まりません。私は長い人生の中でどんなに苦しくても泣いたことはありません。でも支援者からの心温まるメッセージには常に泣かされてきました。中でも先生からのファンレターは日本で言えば富士山、世界で言えばエベレストに匹敵する感動を与えてくれました。  
それにしても先生は名言の紡ぎ師ですね。「人生の”聖火ランナー”」という言葉にも感銘を受けました。今日の読売新聞をご覧ください。私に関する記事が載っています。
今日お見えになった時泣いてしまうかもしれません。そうしたら私の動かぬ手を握ってください。全て通じ、想いをシェアすることができます。
先生と出会い、「伴走者」「人生の”聖火ランナー”」という言葉に出会えただけで、ALSに罹患してよかったと思います。嘘ではありません。奇跡とも言えるドラマです。      
谷川彰英
(6月19日11:14)

 その日(2025年6月19日)は読売新聞千葉県版のトップ記事として、「亡き妻に報いる次作」が掲載された日でした。

谷川 彰英 たにかわ あきひで 1945年長野県松本市生まれ。作家。教育学者。筑波大学名誉教授。柳田国男研究で博士(教育学)の学位を取得。千葉大学助教授を経て筑波大学教授。国立大学の法人化に伴って筑波大学理事・副学長に就任。退職後は自由な地名作家として数多くの地名本を出版。2018年2月体調を崩し翌19年5月難病のALSと診断される。だが難病に負けじと執筆活動を継続。ALS宣告後の著作に『ALSを生きる いつでも夢を追いかけていた』(2020年)『日本列島 地名の謎を解く』(2021年)『夢はつながる できることは必ずある!-ALSに勝つ!』(2022年、以上いずれも東京書籍刊)、『全国水害地名をゆく』(2023年、集英社インターナショナル)がある。

(モルゲンWEB20250915)

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